2018/09/18

丹波布の大切な仕事

 
 
 
 
 
 
 
茶綿を紡いで分かったことがいくつかあります。

いくつかでは無く、いくつも!かも知れません。



 
和綿は繊維が短いので、
 
現在丹波布で多く使われることはありませんが、
 
和綿には和綿の良さがあります。

それは、一言で言えば、綿自体の持っている弾力性じゃないかと思います。
 
 
 
 
古丹波布の独特の柔らかさ(ふっくら感)は、
 
必ずしも使い込まれて出てくるというものでは無いように思います。
 
それと同時に、繊維の短さを、織りの際補うためにこそ、
 
丹波独特の機(ハタ)を使っていたのでは無いでしょうか?
 

私の知る限り、昔の機(ハタ)を復元されている人は、
 
師匠・福永世紀子先生以外にありません。

それは地機(ジバタ)の良さを取り入れるように工夫されたものです。
 
また古丹波布の独特のすり切れ方も、ずっと気になっていたのですが、
 
茶綿を紡いでいてその謎?が私の中で解決しました。
 
これらのことを避けて通る一番の原因は、
 
和綿で細い糸を紡ぐのがとても困難だからです。

しかし修練を重ねれば、和綿でも驚くほど細い糸を紡ぐことは可能です。
 
 
今も昔も糸紡ぎは一番大変で、しかし一番大切な仕事です。

昔の糸紡ぎ歌の歌詞などからも充分察することが出来ます。
 
だから私は、安易な道を選ばずに、昔の人がなさったであろうご苦労をなぞるように、
 
世間に胸の張れる、あるいは丹波布の美を発見して下さった柳先生に誇れるような、
 
そんな織りの仕事に邁進したいと、強く思う昨今です。

2017/12/27

2017年丹の布大きな転換の年


今年を締めくくる出来事



年末ボーナス?orサンタさんの贈り物?

早いもので今年も余すところ数日となりました。

今年一年何かとお世話になった皆さんに心より御礼申し上げます。


お世話になりました。



皆さんのお陰で充実した一年を過ごす事が出来ました。

先日その充実した一年を締めくくるような、

思いがけない出来事がありました。


それは今月7日から大阪の「ひふみ民藝店」さんで

丹波布フェアを開催して頂いたのですが、

先日店主の川見さん(兵庫民芸協会理事)がおいで下さいました。

出品していたものの返品のためです。

ところが思いがけずたくさん売れていました。

私のテーブルクロスは完売。

工房のメンバーで伝承館専修生の陽子さんのものも随分売れました。

実はこの丹波布フェアは「丹波布とひふみの忘年会2017」という企画だったのですが、



写真のような陶器類が驚くような安さで特別販売されていました。

だから、正規の値段(工房での価格を下げずに、

ひふみ民藝店さんの利益分をプラスした価格)をつけている布物は売れないかも?

と思っていたので、売り上げの報告を聞いてビックリです。

清算して下さった売上金は特別ボーナス?です。

そして何よりも、

これまで気に入った丹波布に出会えなかったというお客さんが、

お買い求め下さったという事実は、サンタさんの贈り物?です。

地元でのフェアは、少しはおつきあいで買って下さる方があります。

工房に顔を出して下さる方は、主に購入目的でおいで下さる方。

でも「ひふみ民藝店」でご購入下さったお客さんは、そのどちらでもありません。

そういうお客さんが手にとって感触を確かめ、

そして気に入って買って下さったと云うことは、

今年を締めくくるにふさわしい嬉しい出来事です。

新しい年の方針も、これで決定!です。

詰まり今年チョット方向転換した路線を迷わずに歩んでいきます。




(古丹波布、古帛紗の芯に使用されていたようです)



皆さん良いお年をお迎え下さい。

そしてまた新しい年に笑顔でお目にかかれます事を祈っております。

2017/11/28

福永さん丹波へ (思い出の丹波布)


福永さん来丹

 

 
 
私のお師匠さん(福永世紀子先生)が、

過日丹波布復興60周年記念展示会に合わせて丹波においでになりました。


昭和49年、福永さんは、

それまで本綴織りで指名客がつくほどに成っておられたのですが、

それをなげうって丹波に移住されました。

そして私の実家近くに一軒家を借りられて

「棉戯房」と名付けた工房で丹波布を織っておられたのです。


実はその頃、私の母と親しくされており、

私が丹波布を始めた頃母はよく、

四国に帰られた福永さんを訪ねるように私に勧めていました。

しかしその機会を得ぬまま私は丹波布の仕事を続けていたのですが、

ある展示会で、初めてお目にかかる人から「貴女はご存じないかも知れないが、

かつて丹波におられた福永さんの布を思わせるものがありますね」

と声をかけられて驚いたことがありました。

その後、縁あって福永さん宅を訪ねて以降、

私は「自分のお師匠さんはこの人をおいて他には無い」と思うようになりました。

今では年に数回、片道5時間程の道のりですが、

高知県の「棉戯房」を訪ねています。

もちろん電話でお話しする機会はたびたびありますし、

貴重な史料をお借りする事も再々です。





今回の記念展示会には、色んな人のすすめや協力があって、

お師匠さんのサンプル生地もたくさん展示される事になりました。

そして福永さんは、その事よりも、

丹波で修業時代とても厳しい指導をして下さった
 
故藤本均氏(当時大阪在住)のコレクションが多数展示されるというので、

ぜひもう一度それを見たいからと、

私も親しくさせて貰っている地元のお弟子さんお二人と共に来丹されたのです。






当時いち早く福永さんの丹波布こそ本物だと評価されていた

陶芸家・柴田雅章さん(篠山在住・民藝館展審査員)とも

久しぶりの再会となりました。


もちろん母とも再会、

当時の家主さんとも再会を喜び合われるという、

私にとっても嬉しい、有意義な福永さんの丹波帰りの一泊二日でした。

ところで福永さん一行は約束の時間より早い電車で来られて、

その事を私に電話して下さっていたのですが、

その日私は携帯を工房に置き忘れて出かけていました。

それで私は駅で待ちぼうけ、

一行はいち早く展示会場へというすれ違いがあったのですが、

私のおっちょこちょいの所と、

お師匠さんも意外におっちょこちょいの所があるので、

それが重なり合ったすれ違いというオチまでついた、

でもとっても楽しい二日間でした。

2017/11/09

丹波布講演(地元高校で)

 
緊張の1日


 

今朝私は、ようやく緊張から解放された朝を迎えました。

実は昨日、私は氷上高校の『地域未来』という企画で、

二年生(約100人)に丹波布に関する話を一時間ばかりしたのですが、

昨日までは、朝起きるたびにそのプレッシャーに悩まされていました。

だから今朝は爽やかな朝(笑)



講義は、プロジェクターを駆使して、

事前に送っておいた画像なども使いながらのものです。

話の組み立ては、

①「民藝」と言われるものがどういう定義づけで始まっているのか?

②その運動の主唱者「柳宗悦」という人がどのような人なのか?

③そしてその柳宗悦と丹波布がどのように関係するのか?

④更に柳宗悦が調査を依頼した上村六郎のこと。


以上の事柄を通じて丹波布の歴史を語り、

丹波布の未来についても話を進めました。

勿論、郷土をより深く知って貰う企画なので、




技術者としての私が、

今現在この丹波の地で採取されるどのような物を染色材料としているのか?

と云う話もしました。

話のまとめは『受け継がれるべき伝統』についてです。

特に手仕事に関する技術は、より高い技術を追い求めなければ、

時代の波に押し流されるのでは無いのか? などという、

私自身の手仕事とその継承に関する思いを伝えておきました。

話は一時間を過ぎてしまいましたが、

熱心にノートを取りながら聞いてくれる生徒さんがあったり、

話のあとで生徒以外の何人かの関係者から

『目から鱗』だったと感想を伝えられたりしました。

緊張して過ごした数日間の意味があったかも知れません。
 
 



今月18日から26日まで、

丹波の森公苑で丹波布復興六十周年の記念行事が開催されます。

そこにはこれまでほとんど幻のコレクションとされていた

藤本均(故人)さんの丹波布コレクションが60点展示されます。

そしてその藤本さんの指導を受けて、

木綿物に関しては押しも押されもせぬ地位を築かれた、

私のお師匠さん「福永世紀子」先生の丹波布も多数展示されます。

その紹介もしておいたので、

この機会に若い世代が更に多く丹波布に興味を持ってくれたなら、

私は緊張の数日を過ごした甲斐があったという事になるかも知れません。 

2017/10/30

丹波布に導かれて来丹

 
 
・ ・ ・ 嬉しい出来事 ・ ・ ・
 
 
 
 
 
 
工房&ギャラリーと名乗っているいじょうは、

お客さんに来て貰えるのは嬉しいことです。

ただ今年の春以降、

私は大きな方針を立ててギャラリーの品揃えに力を注がなくしています。

仕事の効率があまりに悪くなり、

大きな方針が進んでいかなくなるからです。

だからこれまで年に二回開催していたフェアも休眠、

ある意味での充電期間のような状態です。

ギャラリーとしてはささやかな知名度が更に心細くなるばかりかも知れません。

でもやっぱり土日はいつお客さんにおいで頂いても良いようにとは心がけています。

今日久しぶりにお客さんがありました。

なんと遠く千葉からおいでの60代のご夫婦でした。

そして決して安くないストールと名刺入れをご購入頂き、

更に帯の注文まで頂きました。



前に書いた大きな方針を進めていく為には、

また、お待たせしているお客様もあるなかで、

軽々しくお約束が出来ないので「それなら結構です」

と言われるかも知れないと思いつつ

「三年ばかりお待ち頂けますか?」と答えたら、

なんと「何年でも待ちますよ」と。



どうして千葉からわざわざ・・・と、その理由を尋ねたら、

どうしても丹波布の本場で本物の丹波布に接して、

そして是非コレクションしたかったのだそうです。

たまたまお子さんが海外に出かけられているので、

この時しか無いねと夫婦で話し合い、

そして今日の来丹になったのだそうです。



もちろん最初に丹波布伝承館に顔を出し、

そこで得られた情報であちこち訪ね歩き、

最後の訪問が『丹の布』になったということでした。

そして「やっと出会えた」と仰って頂き、

僅かな品揃えの中からご購入、ご注文まで頂きました。







私は、全国にはまだ間違いなく「丹波布ファン」がおいでになって、

そしてその人は機会を得て遠く足を伸ばして下さり、

気に入ったものと出会えたときは、価格に頓着無く即ご購入下さる・・・と、

そんな事を心強く思わせて頂きました。


目立たなくても良い。


とにかく自分の信じる本物志向を貫く。

そのスタイルをこれからも続ければ良いのだと、

そんな嬉しい感想を持てる出来事でした。

2017/08/29

正攻法こそ最善の道!

 
 
 
『 日々の暮らしの中で 』
 
 
 
 
 
 
 
もちろん「日々の暮らし」と言っても、私の場合は丹波布を織ることの周辺で、
 
ということになるのですが、そんな暮らしの中で
 
なんとなく自問自答していることがあります。
 
それを私の独り言として箇条書きしてみます。
 
 
 
 
 
誰かに聞いた「人間にとって一番の財産は人間関係」という言葉。
 
私もその通りだと思う。
 
    でもそれは、何か打算的に無理矢理作り上げる人間関係では無く、
 
自然発生するものでなくて
 
    は ならないと思う。
 
 
 
 


 
 
 
いつの場合も一番良い「方法」は正攻法。
 
奇抜なことを考えたりしないで、
 
地味でも黙々と正攻 法で歩み続ける。
 
それが最善でさらに最も近道。
 
私は織りを続けながらそれを思う。
 
 
 
 

 
 
 
 
「和布と手作り」という季刊誌が、ネット検索の結果、
 
私の工房「丹の布」を紹介記事として書いて下さった。
 
ああやっぱり自分から無理に売り込んだりしなくても、
 
誰かがちゃんと見てくれているのだと思う。
 
 
 
 
 
 
 
 
それはちょっと誇張しすぎじゃないですか? 
 
それってちょっと嘘が混じってません? 
 
とそんな風に思ってしまうことを平気で喋っている人がいます。
 
残念ながら丹波布の世界でです。
 
私はとても真似が出来ませんが、
 
真似が出来ない私で良かったと思う。
 
 
 
 
 
 
 
 
映画「恐竜の詩」で丹波布に関するシーンが結構あるのだそうです。
 
回り回って、それら全てのシーンは、「丹の布」が舞台ということになりました。
 
そして、その中で女優さん達が着る丹波布の着物は三着とも私の作ったもの。
 
選んで下さった監督さんやスタッフさんに感謝です。
 
 
 


 
 
 
過日、都会で民芸店を営み、
 
とても素晴らしい民芸品を扱っておられる店主が、
 
わざわざ私を訪ねて下さった。
 
民藝の世界で名のある某作家さんの紹介で。
 
色んなお話の中で「腑に落ちる事がたくさんあった」と仰って下さいました。
 
これまで持っておられた丹波布に関する疑問点に
 
上手く答えられたかも知れません。
 
展示会の事を申し出て下さったのも嬉しい話です。
 
 
 
 
 
 
 
丹波布に関わる日々の暮らしの中で、
 
私は人間修行させて貰っているのだと思うことがあります。
 
この一年ばかりは「正攻法こそ最善の道」を噛みしめる毎日だったかも知れません。
 
 
それが①~⑥までの独り言のような私の思いに繋がります。
 
 


2016/11/29

丹波布 変と思うのは私だけ? 丹波布

 
 
 

 
変な感じ・・・そんな風にしか言えません。


Facebookで使用する写真はもちろんシェア自由ですし、

どこかに出品していた自分の作品(丹波布)が

写真に撮られることもあります。

私の作品(丹波布)をわざわざ写真に撮って下さったり、

Facebookでアップした写真をどこかで活用されたりするのは、

考えようによっては嬉しいことでもあります。

でも、他人の写真をいかにも自分が撮影したように装ったり、

私の作品(丹波布)を自分の作品のように

掲載されていたりするのは、やっぱり変な感じです。

ましてそれが公的なサイトに署名入りで

アップされていたりすると尚更です。


昨日『丹波布』で検索していて、

えっ?私の作品!と思ってクリックしたら、

作品は間違いなく私の物だったのですが、

その写真を撮った記憶はありません。

それでその写真から遡っていったら

某公的組織のサイトに某グループ名で私の作品がアップされていました。

その公的サイトとそのグループの両方から、

私の作品(丹波布)が認知されたのだ、と受け止めれば、

結構な事!とも思えるのですが、やっぱり変な感じです。


ところで、今朝テレビを見ていたら、

観光に訪れた外国人がそのマナーの悪さを注意されて、

逆ギレしているところを放映していました。

なんだかその連想で、

私は今回のことも(無断で他人の作品写真を使用するという、

ある意味でのマナー違反だと思うのですが)無視を決め込むことにしました。

今回のブログに使用した写真

(わざわざバックに撮影用のスクリーンまで使ってあるような・・・)が、

私の知らない所で使われている私の作品写真です。

やっぱりなんか変な感じ!です。